ベラ・ルゴシ Béla Lugosi

ドラキュラ役者として有名な俳優。

ブロードウエイの舞台「ドラキュラ」(1927年)と、映画「魔人ドラキュラ」(1931)で、ドラキュラ役を演じた。(後に、映画「凸凹フランケンシュタインの巻」でもドラキュラを演じている)

長身、鷲鼻、高い頬骨などの風貌が、ブラム・ストーカー描くドラキュラ伯爵と一致したことと、ハンガリー貴族の家の生まれで、東欧の貴人を演じるのにふさわしい雰囲気を持っていたことで、ドラキュラ役に選ばれた。

「魔人ドラキュラ」撮影当時のルゴシは、英語を理解しておらず、台詞は英語の発音を丸暗記して喋っていたという。そのために、原作のドラキュラはかくのごとくであったかと思わせる、本物の東欧なまりのドラキュラになった。

クリストファー・リーと、「最高のドラキュラ役者」の栄誉をわけあっているが、(ドラキュラ映画好きは、大別すると、「ルゴシ派」と「リー派」に分かれるものである)ルゴシは、セサミ・ストリートに登場する吸血鬼「カウント」のモデルになっているためか、グッズ関係の多さは、リーをはるかにしのいでいる。

ドラキュラの代名詞ともなったルゴシだが、「魔人ドラキュラ」の出演料は安く(映画の世界では、ルゴシは新人だった)、それほど儲からなかった上に、その後の役柄も制限され、俳優の一生のことを考えると、映画のドラキュラ役に抜擢されたことは、果たして幸せだったかどうかよく分からない。

「魔人ドラキュラ」の直後、ユニヴァーサルは、彼を人気ホラー役者にするため、フランケンシュタインの役をオファーしたが、ルゴシは断ってしまった。フランケンのメーキャップが気に入らなかったためと言われている。
自分が断ったフランケン役を演じた俳優、ボリス・カーロフが人気者になると、ルゴシは彼に深い敵対心を持った。

私生活では、4回離婚、5回結婚しており、意外にもBBやMMを上回っている。
晩年のルゴシは、仕事にも恵まれず、モルヒネ中毒(痛み止めのために使い始め、習慣になった)になり、寂しい最後だったという。彼の遺産は、2900ドルだった、と伝えられている。

ルゴシの遺体は、本人の遺言により、ドラキュラの扮装で棺に入れられ、葬られた。家族の許可があったのか、エージェントが許可したのか知らないが、彼の遺体を撮影した写真(本物の遺体の、である)は、後にブロマイドのようにして売り出された。

ルゴシの死後、彼の息子は、亡き父の肖像権を巡って、ユニヴァーサルを相手に訴訟を起こした。様々なグッズに、勝手にルゴシの吸血鬼姿が使われていることに対して、相続人の権利を主張したのだが、判決は最高裁にまで持ち込まれた末に、法廷からは「俳優本人の死によって権利は消滅するものと考え、相続人の権利とはならない」との判断が示された。(ルゴシの場合、「吸血鬼のイメージ」というよりも、ルゴシそのものの外見的特長が商品に使用されているので、家族が「これ、アリなわけ?」と言い出した気持ちも分からなくはない)

【代表作】※「魔人ドラキュラ」以外の代表作
「フランケンシュタイン復活」
「恐怖城」

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする