ヴラド・ツェペシュ

1431年(シギショワラで生まれた)~1476年に、実在したワラキア(現ルーマニアの一部)の武将。ブラム・ストーカーが、「吸血鬼ドラキュラ」を書くにあたり、ドラキュラ伯爵のモデルにした人物として有名。現在では、すっかり「実在のドラキュラ」の呼び名が定着している。また、吸血鬼小説には、ヴラドを登場させるものが数多くある。

並外れて残酷な性格で、敵だろうが、自国民だろうが、気に入らない人間は冷酷に排除した。
拷問を思いつくのが得意で、人間を、太い杭で串刺しにして、その辺に立てておいたりするのが好きだった。そのため、「串刺し公」との異名を持つ。
串を刺す行為が、吸血鬼退治の杭打ちに、なんとなく通じるものが感じられるが、ヴラドがそこから串刺しを発想したのかどうかは不明である。
串刺し以外にも、「釜茹で」とか、「皮剥ぎ」とか、色々好きだったらしい。
ヴラドの遺体は、スナゴブ修道院に葬られており、1973年の発掘で、遺体が確認されている。(遺体といっても、白骨である。当然だが、小説のドラキュラのように、「生けるがごとく」横たわっていたわけではない)

ドラキュラが、死後、吸血鬼になって現れたという伝説は特に無い。ただ、あまりに残酷だったので、「人の道に外れた者」として、大地に受け入れられず、不死者=吸血鬼になったのではないかと、迷信深いルーマニアの民が考えたとしても、それほど不思議は無いだろう。

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